高ボリューム理論が死んだ!
今回は最近やたらと流行っている?”高ボリューム理論は死んだ説”について切り込んでいく回です。
- 高ボリュームが死んだと言われる理由
- 筋肉の腫れは”筋トレ初心者”かつ”筋トレ開始の超初期のみ”の現象
- 高ボリュームによる筋肥大は”真の筋肥大”である可能性が高い
実は初期の頃から「高強度トレーニングこそ真の筋肉がつく」という考えがあった
「高ボリュームによる筋肥大は、真の筋肥大じゃない!」
実はこの考え方自体はアーノルドシュワルツェネッガーの時代からあるもの。
アーノルドシュワルツェネッガー「王者の筋トレ」 p177
「高レップトレーニン グのみによる筋肉の成長は、その多くが体液貯留やグリコーゲン貯蔵といった一過性の要因によるものにすぎないが、パワートレーニングによって花崗岩の壁のように硬くなった 筋肉は、筋繊維のサイズが実際に大きくなった結果である。」
彼曰く、高レップトレーニングによる筋肥大は体液貯留などによる一過性のもの。
高強度トレーニングによって作られた筋肉こそが”筋肉が詰まった真の筋肥大”というのだ。
この話の真偽は確かではないが、数十年も前から「高レップトレーニングによる筋肥大は真の肥大じゃない」という説はあった。
高ボリューム理論が死んだと言われる理由
週当たりのセット数が多いほど筋肥大した
話を戻すと「高ボリューム理論が死んだ」と言われるのは2024年のメタ分析が要因。
- 2024年のメタ分析[1]
- 週のセット数と筋肥大・筋力向上の関係を調べた
- 該当部位を直接的に鍛えたセット数を1,間接的に鍛えたセット数を0.5とカウントした
実際の結果は下記の通り。
結果として、週あたりのセット数が増える(横軸の値が増える)ほど、筋肥大する(縦軸の値が増える)ことがわかった。
ただし効果が先細りになっており、「やればやるほど筋肥大するが、その効果が減弱していく」ということになる。
筋トレのセット数と筋肥大の間に、いわゆる”収穫逓減の法則”が見られた。
筋力はセット数による効果がほとんどなかった
一方で、このメタ分析では週あたりのセット数と筋力の関係も調べられている。
筋力は筋肥大とはうってかわって、セット数が増えるほど筋力が向上する”用量依存性”は見つからなかった。
実際に筋力の向上は5.6セットほどまでに急激に増加して、その後頭打ちになっている。
実は”この筋力が増えてない”という事実こそが高ボリューム理論が死んだ理由として挙げられているものなのだ。
筋肥大=筋力が向上しないとおかしい??
この話を理解するには、そもそも筋肥大とは何かを理解する必要がある。
まず筋繊維というのは、数のように無数の筋原線維(Myofibril)から成り立っている。
筋肥大というのは、文字通り”筋肉が肥大する”ということ。
すなわち収縮力を持った”筋原線維”が肥大するので、筋肥大すると必然的に筋力も向上するというのが「高ボリュームは死んだ」論者の主張。
それでは今まで筋肥大だと思っていたものが何かというと、それは筋肉が肥大しているのではなく「高ボリューム理論によって晴れている」ということらしい。
筋力の増加を伴う”真の”筋肥大が起こっているのが6セットまでなので、それ以上のセットは無駄だというのだ。
「長年信じられてきた大前提が間違っていた」は科学の世界あるある
2017年のメタ分析に続いて、2024年のメタ分析でも再現されて決定的になったかのように思われた「高ボリューム」理論。
実際に高ボリューム理論が主流の現代では受け入れがたいと感じる人が大半だろうが、実際にこういった理論の大転換というのはよく起こる。
その理由は誰もが受けている”大前提”というものがしばしば覆るからだ。
- 2012年の論文[2]
- 科学的知見がたまるほど真実に近づくとは限らない
- その理由は根本的な誤謬が検証されずに永続することがあるから
”大前提”が覆った例としてちょうどいいのが、例えば天動説があるだろう。
はるか昔は天動説が信じられていたために、星の軌道計算などはどんどん複雑化していった。
地動説が一般的に受け入れられるようになるまでは、間違った(複雑な)理論がそのうえにどんどん構築されていった。
これは筋トレの世界でもあるあるで、”大前提”が後々覆ったことで定説が変わった例はいくつもある。
- 筋トレ後の同化ホルモンの上昇が筋肥大に重要と思われていたために1分のレストインターバルが主流になったが、その後ホルモン上昇は筋肥大に関係ないことが判明した
- 「MPSの増加=新しい筋組織が構築されている」と考えられていたが、その後MPSは筋肉の修復を捉えているだけと判明した
理論の大転換があるときは、大体”大前提”が間違っていることが多い。
そしてこの高ボリューム理論も”筋肉の厚さが上昇=筋肥大”という大前提が間違っているゆえに間違った理論が構築されている可能性がある。
ということで実際に「高ボリュームが死んだ説」がどれほど正しいのかを検証してみよう。
筋肥大=収縮たんぱく質の増加ではない
「高ボリューム理論は死んだ説」の根拠となっている筋肥大=収縮たんぱく質の増加だが、この部分はかなり怪しい。
というのも、筋肥大に伴って必然的に細胞小器官などの収縮たんぱく質以外も増加するから。[3]
右上に記されている”収縮たんぱく質”ももちろん増加するが、実際にはそれ以外のものも増加する。
筋トレと衛星細胞
その代表的な例が衛星細胞と呼ばれるもので、これはマッスルメモリーとも密接に関わっている。[4]
筋トレをしていない状態(Untrained)からトレーニングをすることによって、衛星細胞が筋細胞に取り込まれる。(Satelite cell fusion)
そして筋組織に核が増えた状態になり筋繊維も肥大する。(Hypertrophy)
筋トレをしばらく休むと筋繊維自体は委縮する(Atrophy)が、その後筋トレを再開するとすぐに筋肉は肥大する。
これがいわゆるマッスルメモリー。
核の融合というプロセスをすっ飛ばせるので、一度筋トレをしている人は全く筋トレをしていない人よりも筋肥大しやすいのだ。
衛星細胞は筋トレによる反応の個人差にも関係している!?
衛星細胞は筋トレ界隈ではかなり熱いトピックで、最近では筋トレに対する体の反応の個人差もこの文脈で説明されることが多い。
- 筋肥大と衛星細胞の数の関係を調べた
- 筋肥大率によってノーレスポンダー<普通レスポンダー<エクストリームレスポンダーに分けた
左:ノーレスポンダー 中央:普通レスポンダー 右:エクストリームレスポンダー
ノーレスポンダーは全く筋肥大しておらず、反対にエクストリームレスポンダーは大幅に筋肥大していることが分かる。
そして普通レスポンダーはその中間。
それぞれに分類された人たちの衛星細胞と筋原線維にある核の数を調べたところ、見事に筋肥大率と比例することが発覚した。
左:衛生細胞の数 右:筋原繊維にある核の数
つまり遺伝的に筋肥大しやすいということはすなわち衛星細胞の数が多く、核を融合する能力が生まれつき高いということをあらわすということになる。
筋肥大にともなってリボソームも増える
衛星細胞のほかにも、筋肥大に伴って増えるものがある。
それが筋組織に含まれるリボソーム。
このことはリボソームバイオジェネシスという名前がついており、筋肉が肥大するにつれてリボソームが増えてたんぱく質合成が増加することが分かっている。(R)[6]
筋肥大をするということはたんぱく質で作られた組織が増えることを意味するので、当然たんぱく質のターンオーバー量も増える。
たんぱく質の情報が記録されているDNAがある核とたんぱく質を実際に組み立てる工場であるリボソームの両方が増えることはある意味必然なのだ。
頭打ちはおかしい?
筋肥大に伴って収縮たんぱく質が増えるとは限らないので、当然筋肥大したからといって筋力が向上するとは限らない。
しかし、実は筋力が”6セットで頭打ちになる”というのは少々直感に反するのも事実。
というのも、筋肥大全体に占める収縮たんぱく質の増加が占める割合は50-70%ほどとされているからだ。 [3]
筋肥大率よりも傾きが小さい(超単純化すると筋肥大の50%)ならまだしも、完全に頭打ちになるのはおかしいのだ。
テクニックの向上説
それではこの現象はどう説明するべきなのか?
ここで自分が真っ先に思いついたのが、この筋力の向上は”テクニックの向上”を表しているという仮説。
というのも筋力のデータはテクニックの向上を表していると仮定すると、それなりに筋が通った話になるのだ。
テクニックの向上は急激に頭打ちになる
実はこの筋力のグラフは”テクニックの向上”を表したグラフと非常に形が似ている。
実際の試行回数とエラー率の関係が下記。
試行回数が増えるにつれてエラー率が急激に下がるが、ある一定の値で頭打ちになることがわかる。
つまり試行回数を増やして練習するほどテクニックが身に付きエラー率が下がるが、その効果は急激に減衰するのだ。
筋トレでもテクニックの向上は筋力向上に深く関わっている。[9]
筋力のグラフはテクニックの向上が色濃く反映されている(そして筋肥大による筋力向上は大きくないと仮定すると)つじつまが合うのだ。
筋力はセット数よりも頻度に依存する
そして頻度と筋力に関する結果もこの理論を支持するような結果になっている。
実はこのメタ分析には「週何回筋トレするか」が筋肥大や筋力に与える影響も調べられているのだが、筋力に関しては頻度が高くなるほど筋力が向上するという結果になっている。
左:筋肥大 右:筋力
いわゆる”週あたりの練習回数”が多いほどテクニック(=筋力)が向上するというのは理にかなった話。
筋力の向上=テクニックの向上を捉えているとすると理論としてはすんなりまとまるのだ。
筋トレ経験別で筋力の結果を再分析
筋力向上はテクニックの向上を捉えているという仮説は成り立つものの、推測の域を出ないのも正直なところ。
ということで、ここで先ほどのメタ分析のデータを筋トレ経験別で分けてみよう。
筋トレ経験によってデータを再プロットする理由は主に2つ。
まずはテクニックの向上が、筋トレ未経験者よりも筋トレ経験者で特に起こりやすい可能性が高いから。
テクニックは筋トレをするほど向上するので、頭打ちに近い筋トレ経験者よりも筋トレ初心者で向上幅が大きいということが考えられる。
そしてもう一つが、筋トレ初心者はテクニック向上に加えて神経適応が筋力に与える影響が大きいので筋肥大の効果が観測できない可能性が高いという理由だ。
トレーニング初期は神経適応で筋力が増加する
筋トレ初心者のときに重量が10kg、20kgと増えていった経験をしたことがある人は多いだろう。
逆に筋トレ中級者になって急に重量が伸び悩んでいると感じている人も多いはず。
これはなぜかというと、筋トレ初心者というのは神経適応によって挙上能力が大きく向上するから。
- 2018年の研究[10]
- 筋力向上に寄与している因子を調べた
- 筋トレ未経験 vs 筋トレ歴14週間 vs 筋トレ歴4年
筋トレ歴の違いによって”何が筋力を生み出しているのか”が違うのかを調べた研究で、実際の結果は下記の通り。
この図は横軸が筋力、縦軸が筋電位活動(=どれだけ多くの筋繊維が動員されているか)になる。
この図の見方だが、筋トレ経験なしのデータを基準に2パターンに分けられる。
- EMGも筋力も増えている:筋肉のリクルート率が上がる神経適応で筋力が向上している
- EMGが変わらずに筋力が増えている:筋肥大によって筋力が向上している
筋トレをしていない場合と比べて、筋肉のリクルート率と筋力自体がどのように変化しているかによってその要因がわかる。
これを前提に先ほどのグラフの結果をまとめると下記のようになる。
- 筋トレ初心者:神経適応によって筋力が向上している
- 筋トレ経験者:筋肥大によって筋力がこうじょうしている
筋トレ初心者のいわゆる”筋力ボーナス”ともいえる筋力の急激な向上は神経適応がもたらしているもの。
一方で筋トレ経験者になると、神経適応に加えて筋肥大も筋力向上に寄与するになる。
このように筋トレ初心者は神経適応による筋力向上が大きい。
加えてテクニックの向上による筋力向上も大きいので、筋肥大による筋力向上が可視化できない可能性が高いのだ。
筋トレ経験別に筋力のデータをプロットしてみる
実際に筋力のデータを筋トレ経験別でプロットしなおしたものが下記。
もし先ほどの仮説が正しいとしたら、このデータを再分析したら下記のようになるはず。
- 筋トレ初心者のデータ:元のグラフと同じ
- 筋トレ経験者のデータ:セット数と(ある程度)比例する
結果からいうと、どうやら筋力というのは筋トレ経験者であっても週あたりのセット数とは比例しないらしい。
試しに線形回帰をした結果は下記の通り。
この結果が”筋肥大による筋力”を捉えられていない結果なのか、または本当に筋肥大していない結果なのかは分からない。
この問題は引き続き文献調査と解説を続けて何か結果が出たらシェアするとして、別のアプローチとして「セット数と筋肥大の関係は本当にただの腫れなのか?」を考えてみよう。
筋肥大は筋肉の腫れなのか?
そもそも筋肥大がただの腫れなんてことあるのだろうか?
この筋肉の腫れ理論だが、「筋トレ初心者のあまりにも早すぎる筋肥大」から出てきた。
実は筋トレ初心者がトレーニング開始後3週間とかに”肥大”したことを示した研究が出てきたのだが、それは実は腫れだったのでは?という疑惑が持ち上がったのだ。
そして晴れて筋トレ未経験者の早すぎる筋肥大は腫れだったことが証明される。
- 2015年の研究[11]
- トレーニング経験のない男性10人を対象に、10週間の筋トレをしてもらった
- グループは3つ
- T1:トレーニング開始前
- T2:実験3週間目(RTセッションから72時間後)
- T3:実験終了後(RTセッションから72時間後)
先に結果を示すと下記の通り。
左:筋断面積 真ん中:エコーの値 右:エコー/筋断面積
この研究では断面積に対するエコーのシグナルが調べられており、それによって実際の筋肥大なのか腫れなのかがわかるというもの。
- 増加→筋肉の腫れ
- 減少→筋肥大
この詳しい解釈に関してはかなりテクニカルな話かつ自分も正直言うと理解しきれていないのでこの前提を受け入れて話を進めてします。
この前提を受け入れると解釈は簡単。
1番左の筋断面積を見るとT2,T3と時間が経過するごとに厚さが増している。
一方で1番右のエコー比を見ると、T1からT2は上昇しているが、T1とT3は有意差なしになっている。
つまりT2で見られた筋肥大はいわゆる腫れで、T3で観測されたものが真の筋肥大ということになる。
このようにして、筋肥大が観測されていても”腫れ”である可能性があることがわかったのだ。
高ボリュームによる筋肥大は筋肉の腫れ…ではない
この筋肉の腫れ理論だが、2つの条件が揃ったときに引き起こされる可能性が高い。
- 筋トレ未経験者
- 超初期(≦3週間)
つまり、筋トレ経験者や筋トレ開始から数週間経過後の筋肥大は腫れではない可能性が高い。
データをトレーニング経験の有無でプロットし直す
ということで、ここで2024年のメタ分析から”筋トレ経験者”かつ”10週間以上経過後”の測定データを抜き出してみる。
実際の結果が下記だ。
試しに線形回帰した直線も記しているが、どうやら筋肥大はどこかで頭打ちにはなっていないよう。
筋肉の腫れを最大限省く努力をしたデータでも”用量依存性”があることがわかる。
まとめ
今回は「高ボリュームは筋肉の腫れ説」について調べた。
- 筋肥大は収縮タンパク質以外も増加する
- 筋肉の腫れは主に”筋トレ未経験者”かつ”筋トレ開始3週間以内”に起こる
- 高ボリュームでの筋肥大は、確かに筋肥大である可能性が高い
時代の流れ的に「高ボリューム理論が死ぬ日」が来てもおかしくはないが、今はまだその時ではなさそう。
参考文献
1. View of The Resistance Training Dose-Response: Meta-Regressions Exploring the Effects of Weekly Volume and Frequency on Muscle Hypertrophy and Strength Gain. [cited 29 Nov 2024]. Available: https://sportrxiv.org/index.php/server/preprint/view/460/967
2. Ioannidis JPA. Why science is not necessarily self-correcting. Perspect Psychol Sci. 2012;7: 645–654.
3. Roberts MD, McCarthy JJ, Hornberger TA, Phillips SM, Mackey AL, Nader GA, et al. Mechanisms of mechanical overload-induced skeletal muscle hypertrophy: current understanding and future directions. Physiol Rev. 2023;103: 2679–2757.
4. Bruusgaard JC, Johansen IB, Egner IM, Rana ZA, Gundersen K. Myonuclei acquired by overload exercise precede hypertrophy and are not lost on detraining. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010;107: 15111–15116.
5. Petrella JK, Kim J-S, Mayhew DL, Cross JM, Bamman MM. Potent myofiber hypertrophy during resistance training in humans is associated with satellite cell-mediated myonuclear addition: a cluster analysis. J Appl Physiol. 2008;104: 1736–1742.
6. Figueiredo VC. Revisiting the roles of protein synthesis during skeletal muscle hypertrophy induced by exercise. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2019;317: R709–R718.
7. Krakauer JW, Pine ZM, Ghilardi MF, Ghez C. Learning of visuomotor transformations for vectorial planning of reaching trajectories. J Neurosci. 2000;20: 8916–8924.
8. Tanaka H, Sejnowski TJ, Krakauer JW. Adaptation to visuomotor rotation through interaction between posterior parietal and motor cortical areas. J Neurophysiol. 2009;102: 2921–2932.
9. Reggiani C, Schiaffino S. Muscle hypertrophy and muscle strength: dependent or independent variables? A provocative review. Eur J Transl Myol. 2020;30: 9311.
10. Balshaw TG, Massey GJ, Maden-Wilkinson TM, Lanza MB, Folland JP. Neural adaptations after 4 years vs 12 weeks of resistance training vs untrained. Scand J Med Sci Sports. 2019;29: 348–359.11. Damas F, Phillips SM, Lixandrão ME, Vechin FC, Libardi CA, Roschel H, et al. Early resistance training-induced increases in muscle cross-sectional area are concomitant with edema-induced muscle swelling. Eur J Appl Physiol. 2016;116: 49–56.


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